「 若者が花開かせる安倍総理の志 」
『週刊新潮』 2024年7月18日号
日本ルネッサンス 第1106回
暗殺から2年、安倍晋三総理を追慕する人々の心情は少しも変わっていない。6月30日には夫人の昭恵さんが三回忌の法要を主催し、7月7日には「創生『日本』」の国会議員らが安倍氏を偲び志を継承するとの想いで集まった。
ちなみに創生日本は保守勢力の再結集を掲げて自民党の中川昭一元政調会長と安倍晋三氏らが創った派閥横断の勉強会が出発点で、よき日本の価値観を現代に取り戻すために学び実践しようという志を掲げている。
創生日本による「世界に咲き誇れ日本 安倍晋三元総理の志を継承する集い」では、参加者がそれぞれに想いを語った。中でもとりわけ心に残ったことが幾つかあった。その筆頭は若い世代の人々の安倍総理に対する敬愛の深さだった。
彼らは「安倍晋三デジタルミュージアムプロジェクト」を発足させ、第一次政権以降の安倍総理の演説400篇を含めて、実に1700頁分の資料をまとめた。膨大な量の資料を熟読し、演説を聞いて安倍総理の肉声に触れ、映像を何度も見返した。
同プロジェクトの発起人、徳本進之介氏は総理暗殺の日、後ろ髪を引かれる思いでロンドンに出張した。かつて安倍総理が英国で行ったスピーチをホテルで読み、日本の可能性を信ずる力強い言葉に涙した。氏は、「君たちは何を成すのか。この世に何を遺すのか」と問われている気がしたと書いている。
徳本氏ら若い世代の人々は、安倍総理のスピーチの言葉から、祖国日本への信頼と、勇気の源となる日本国への誇りを掬いとったと言える。そして彼らは何十万語にも上る演説から、100の言葉を選び、主に10代~40代の人々が論考を加えた。それが『若者が選んだ安倍晋三100のことば』(幻冬舎)の一冊となった。
「あとがき」で徳本氏は、この書は安倍総理の名言録であると同時に、「若い世代の決意表明でもある。この国の未来を引き受けんとする心意気」だと書いた。
昭恵さんの言葉
『100のことば』を沢山の人々に読んでほしいと思う。なぜなら安倍総理の祖国日本への想いがまっすぐに伝わってくるからである。たとえばこの言葉だ。
「困難は、元より覚悟の上です。しかし、『未来』は他人から与えられるものではありません。私たちが、自らの手で、切り拓いていくものです」「重要なことは、言葉を重ねることではありません、結果であります。百の言葉より一の結果であります」
安倍総理は常人なら挫けてしまうような困難にもめげず、自らの手で未来を切り拓いた。氏は知っていた。政治家は結果を出さなくてはならない、と。そしてほんの時折、その事の大事さについて語った。
若者が選んだ言葉には次のようなものもあった。
「やるべきことはシンプルです。直面する課題から、逃げることなく、真正面から挑戦する。挑戦、挑戦、そして挑戦あるのみです」
「先送りできない課題がある」と繰り返しながら、先送りの印象がつきまとう岸田文雄首相に贈りたいと、私は思った。安倍総理はこうも語っていた。
「今、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは決して忘れることはありません」
前述の集いで、昭恵さんが次のように挨拶した。
「主人はいつも英霊の魂と共に仕事をしているつもりだと言っていました」
昭恵さんの言葉が清らかな水のようにスーッと体中にしみこんでいった。そして私の隣席で河野克俊元統合幕僚長が語った。
「2013年4月、海上幕僚長だった私は総理を硫黄島に案内しました。自衛隊機から降り立った総理は突然、滑走路にひざまずき額を大地につけて、暫し、そのままの姿勢で祈りを捧げられたのです。戦闘で亡くなった兵の遺骨がまだ眠る硫黄島で、総理は英霊の魂に祈りを捧げられた。昭恵夫人のお話は実にそのとおりだと思いました」
英霊たち、そして先人たちのおかげで今の日本がある。だが、経済的な復興は成し遂げても、憲法改正もできていない今の日本と日本人の姿を見て、命を捧げた人々はどう感じるだろうか。悲しんでおられるに違いない、本当に申し訳ないことだと、私は思っている。だが、安倍総理は日本と日本人を信じて、こう呼びかけている。
「いま日本人に必要なものがあるとすればそれは自信です。夏に咲いて太陽を追いかけるひまわりのような向日性です」
あくまでも前向きに私たちを勇気づけ、さらにこう語るのだ。
「日本とは、時、至れば、大きく変わる国です。日本の人々は、ある時点を超えたら、変化を進んで受け入れるばかりか、前へ、前へと、変革を進める力を持つ人たちです」
精神の貧困
安倍総理の言葉を聞けば元気がでてくる。その言葉に励まされ、力を得て、多くの若い人たちが前を向いて歩んでいる。上智大学4年生の高橋乃亜さんは、学生たちが憲法について学び、改正のための国民投票に参加しようと呼びかける実行委員会で活躍中だ。なぜ憲法改正が必要なのか、日本人はこの憲法によって何を喪ったのか、日本はどう変えられたのか。学生たちは何をすべきなのか。学んだ上で日本をどんな国に創り上げていきたいのか。日本の未来を担う世代だからこそ、よく考えて、より良い国づくりを進めようとしているのだ。
このような若者たちの発言を聞いて、私は安倍総理が蒔いていった種が確実に芽吹き、美しく育っていると感じた。体中に喜びが湧いてくるようなうれしさを感じた瞬間だった。
安倍総理のスピーチライターを務めた谷口智彦氏の言葉も心に残った。内外の情勢を考えればわが国が一日も早く憲法改正をしなければならないのは自明の理だ。しかし今自民党内で論じられている改正案は緊急事態条項を憲法に加えるという一点に絞られようとしている。端的に言ってそれは緊急事態の時、衆議院議員の任期を延長するというだけのことだ。その精神の貧困を谷口氏は静かな口調で指摘した。皇位継承の安定化のための法整備の重要性も同様に指摘した。
岸田首相は国会閉会中の今も憲法審査会を動かして改正作業を進めさせるつもりだと語る。だが、審査会の怠慢は許し難く、自民党の動きは鈍い。岸田首相が憲法改正は「先送りできない課題」だと心底思うのであれば、それなりの人選が必要だ。さらに、日本は今、緊急時であり危機である。是が非でも改正を実現せよと、自民党総裁として強い指導力を発揮して闘わなくてはならない。
三回忌の今、「闘う政治家でありたいと考え、実践してきました」との安倍総理の言葉が蘇る。